広島カープの名将・古葉竹識元監督逝去※よしひこチャンネルより
昭和50年に広島カープ球団初のリーグ優勝を果たし、リーグ優勝4回日本一3回に導いた、古葉竹識(こば・たけし)元監督が、11月12日に心不全でこの世を去った85歳だった。この訃報は出張の朝ニュースで知った。赤いネクタイで喪に服す。
古葉元監督は、熊本県出身。昭和33年に広島カープに入団し、俊足巧打を持ち味に、盗塁王に2回に輝いている。その後、南海ホークスを経て、現役引退後は指導者に転身。昭和50年のシーズン序盤に当時のルーツ監督の退任に伴い、39歳の若さでコーチから監督に昇格。山本浩二外野手や衣笠祥雄内野手など生え抜きの選手を、球界一とも言われた猛練習で主力に育てた。高橋慶彦選手などの機動力も活かした。緻密な高校野球のような泥臭い野球を展開し赤ヘル旋風を巻き起こした。外木場投手に池谷投手、江夏投手、北別府投手、大野豊投手など内外野手も含め、いい選手のデパートみたいな時代であったな
球団創設26年目の昭和50年、古葉監督はチームを悲願のリーグ優勝に導いた。その後、昭和54年と55年、それに59年の合わせて3回の日本一に輝き赤ヘル黄金時代を築いた。
赤坂にある鯉の応援スタジアムCOISTAで、名将&名監督の古葉監督に哀悼の意を表し、献杯悲しみの赤坂スタジアム
ボトルは背番号28に昇格西田外野手に床田投手らがつけてたかな
広島カープ伝統の機動力野球が最近薄れている気がするが、来年はせめてAクラス入りして欲しい
カープファンで有名な岸田首相からのコメント
古葉元監督の逝去で昭和の時代が、また一つ終わったが、増えていく平成生まれの若い者にはまだまだ負けられないオヤジ(オジ様の呼吸)である・・・